2021/06/06
川棚を愛した俳人・種田山頭火にちなんで開催している「山頭火俳句コンテスト」。
沢山のご応募の中から、特に優秀な作品をご紹介します。
※句評は倉本昭氏による(梅光学院大学教授)
★最優秀賞★
河野 京さん 下関市
牡丹雪噂(うわさ)供養の小町塚
<句評>
冬の句。
川棚の中小野に小町塚が伝わります。老残の小町が流浪の果て、この地に落ち着き、村人に温かく迎えられながら没したといいます。小町が抱いていた銅鏡が、祠に納まった墓石の中央にはめこまれていて、何とも珍しいものです。
実は、小町の塚は全国各地にあります。老いた小町流転の話は能にもとりあげられ、広まりました。ゆかりの地が多い謎については、芸能の伝播が解明のカギの一つでしょう。民俗学の分野では、各地で行き倒れたゴゼや歌比丘尼の塚だと説かれています。
では、なぜ小町塚が川棚にあるのでしょう?川棚の小町塚は、地名小野が先にあって、それに付会されて築かれたのか、言い伝え通り、塚から地名が定まったのか、判然としません。小町を弘法大師と結びつける説話もあるので、狗留孫山の大師信仰と何らかの接点があるとも思えます。とにかく、言い伝えですから、色々ロマン的空想をはせながら、地域の宝として、小町塚を大切にしていきたいですね。
さて、本句鑑賞の際まず注意すべきは「噂供養」の語です。これは法要の場で故人との楽しい思い出を偲ぶのが、何よりもの供養だという意味で使われ、演歌のタイトルにもなっています。しかし、『日本国語大辞典』にすら出ていない語です。
牡丹雪が散る中、閑寂とした小町塚の前にたたずんで、伝説の小町について連れの方と語り合う。塚に添えられた草花で、麗人の御霊が忘れられずに供養されていることが知れるけれど、自分たちは、いわば噂供養をしたのだな、という感懐。牡丹雪の軽やかで、清澄な印象が一句を重々しくすることから救い、余韻の深い「わび」の句となりおおせています。
よって本句を最優秀賞といたしました。
長年続く本コンテストで、小町塚は初めて詠まれました。これを機会に、俳句愛好連のみなさんにも広く小町塚を知っていただきたい。虚無僧塚、蟹ケ池、青龍伝説、雲雀毛伝説など、川棚界隈には不思議な言い伝えが多く残ります。こうした口碑に由来するものは、長く保存して、観光コンテンツにも生かしたいものです。
☆優秀賞☆
河野 采女さん 下関市
連山の稜線やさし鬼ヶ城
<句評>
季語はありません。ただ実際、稜線がやさしく映えるのは、新緑の季節です。鬼ケ城は豊浦を代表する山でハイキングコースもあり、山登り入門にも人気があります。ところが名前は何とも恐ろしい。中世に築かれた山城との説が有力で、そこに、鬼の住む山と命名された理由がひそむのかもしれません。
この山に住む鬼が美青年に化けて娘と恋仲になり、酒に油断して、つい正体をあらわしてしまい、娘を連れて山へ逃げるが、娘の父が射た矢に片目をつぶされ、娘はあえなく墜死した、という伝説があります。これは三輪山型説話のタイプに分類される言い伝えで、山が鬼ケ城と呼ばれるようになって、付会されたものでしょう。
一句は印象鮮明です。恐ろしい名前と、やさしい稜線とのギャップが生むおかしみを狙った工夫も、もちろんあります。だからといって、鬼と名が付く割にはやさしいのよねと、言葉遊び的に解するだけでは、一句は味わいつくせません。
ラ行の音韻「レ」「リ」を、それぞれ初五・中七の頭に置き、いずれも漢語の音読みにした結果、句のリズムも備わって、一句には、山のようにどっしり構えた安定感がもたらされました。山名もあわせ、重々しい語感のことばにはさまれて、作者が一句の眼目にした「やさし」の語が、対照的に際立つわけです。そこに気づかねばなりません。
作者は、山の稜線のなだらかさが、青空のキャンバスに横たわる様をめで、心なごんでいるのです。そうして山は作者の心の中の山になったのです。
河野 通雄さん 下関市
庭は緋色菩薩のおわすつつじ寺
<句評>
季語は夏。つつじ寺といえば、基山の大興善寺の通称を思い出しますが、ここは川棚の妙青寺を敢えて呼んだのでしょう。菩薩は御本尊の伝行基作・観世音菩薩。庭とあるのは、雪州庭のことです。この名庭では四季折々の花が楽しめますが、桜のあと、春の見ものはなんといってもツツジです。妙青寺といえば、近年池畔の藤が専ら有名になっていますが、雪州庭の季節ごとの花の饗宴は忘れてはならないものです。
観音さまは、蓮華を持物とされる場合が多いですが、ここはツツジにとりあわせました。桜が散り、ゴールデンウイークも近づいて、暑気もまじる頃になると、ふきこぼれるように咲き出すツツジ。盛りには、花の生命(いのち)あふれんばかりな豊かさに目を奪われ、感嘆の息がもれます。そこに作者は菩薩の慈悲心のあらわれをも感じたのでしょう。初五の字余りは、花をめでることが信心につながる感動の深さをあらわします。
つつじと一口にいっても、様々な色の花が見られますが、緋色はヤマツツジ、霧島ツツジに見られます。緋色の花と薄緑の葉が鮮やかな色の対比を成して、明るい庭園の趣を演出します。雪舟庭のわびた風情を詠む行き方もあるわけですが、あえてにぎにぎしい情景を詠んだところに、作者のはつらつとした風流心が感じられます。
貴島 素子さん 下関市
三恵寺の息きれて見る花つばき
<句評>
季語は花つばきで春。寒椿なら冬です。三恵寺はモッコクの木が有名ですが、参道のやぶ椿も印象深く、本コンテストにも詠まれることがたびたびあります。
さて、参道入り口の石地蔵の前を過ぎ、ゆるゆる坂道を上ると、やぶ椿が見えてきます。そのころにはさすがに息切れがするのですが、鮮やかな椿の赤に、ほっと心地が落ち着きます。息が整うや、そこに春の生命の輝きが宿っているのを作者はひしと感じたことでしょう。山寺の花だけあって、見るのに息切れするのも一種の修行なのかという諧謔がよみとれます。諧謔をうむ心の余裕こそ俳句の精神の真骨頂です。
三恵寺は伽藍にも静かなたたずまいがありますし、蟹の化け物の言い伝えもあって、どちらかというと、閑寂たる「わび」の句が似合う場所です。そこに軽やかで明るい俳精神で臨んだところに、作者の手柄がありました。
濱田 桜生さん 夢が丘中学校 1年
田んぼ道静かな中に川の音
<句評>
季語がないので雑の句になります。
田んぼのあぜを歩いていて、せせらぎの音に気付いた。草やぶに隠れているが、そうか、そこには用水が流れているのだな。
作者は静寂境に包まれていたわけですが、時は昼下がりでしょうか、夕間暮れでしょうか。そのいずれかにより、句の印象もまた違ってきます。前者なら、全体がさわやかで、せせらぎのすずやかさを感じさせます。後者なら、かそけき「さび」の世界に一歩踏み入っています。当然どの季節を想定して解するかも重要です。
音をとらえる佳句は、名作中の名作「古池やかはず飛び込む水の音」はじめ、古来いくつもありますね。本句は「古池」と同じく、音によって作者の目に入らないものの存在をとらえたものですが、作者はせせらぎの音のみならず、静寂自体をも聴いていることに気づかねばなりません。そこに「わび」の精神を見出すこともできます。
山本 志歩さん 夢が丘中学校 2年
芸術がたくさん集う多面体
<句評>
これは川棚温泉交流センター、通称コルトーホールを詠んだ句で、季語はありません。今や知らぬ人のいない建築家・隈研吾さんのデザインになる、山口県内の名建築の一つです。隈さんの作品としては、最近とみに話題となった角川武蔵野ミュージアム(YOASOBIが紅白で歌ったところ)の場合、ゴツゴツした西洋の城塞のようで、キューブですね。コルトーホールのような多面体は、それとも異なり、隈さんの作品群の中でもユニークです。
本句の取柄は、一に「多面体」の語を選んだことにあり、そこに芸術が集うのだと、一気呵成、大胆に詠みこんだところに、若い力感がみなぎっています。多面体ゆえに「たくさん」の語が選ばれていることはもちろんです。
この句はコルトーホールの宣伝コピーにも使えますね。
★特別賞★
吉山 行雄さん 下関市
風まかせあきざくら皆山頭火
寺岡 泰子さん 下関市
船郡空も湖も桜咲く。
川前 侑士さん 夢が丘中学校 1年
湯けむりに包まれし龍ぷくぷくり
松村 留奈さん 夢が丘中学校 3年
コスモスと背丈を競う君の笑み
楠田 向日葵さん 川棚小学校 3年
楠の森大じか小じかにぎやかに
☆佳作☆
窪田 都田恵さん 下関市
涅槃図の掛かりし堂や桐火鉢
福本 波津子さん 下関市
ショパンの三連符孤留島のうららか
菅 和子さん 下関市
遠近のうぐいす飽きぬ庭仕事
井上 彩葉さん 夢が丘中学校 1年
風にのりゆらゆらゆれるくすの森
藤本 和さん 夢が丘中学校 1年
桜さくきんちょうの一歩楽しみだ
河野 陽飛さん 夢が丘中学校 2年
クスノ木は僕らの思いで守られる
小島 彪太郎さん 夢が丘中学校 2年
まだみえぬマスクのしたの笑顔かな
戸田 釉珠音さん 夢が丘中学校 3年
楠の影涼んで葉の音耳澄ます
木村 豪さん 夢が丘中学校 3年
響灘白いうさぎ(なみ)がはしゃいでる
山村 拓実さん 川棚小学校 5年
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